■コマ画像
撮影者・団体 撮影者:林 重男
撮影年月日 1945年10月1日
撮影場所 日本 広島県 広島市細工町(現・広島市中区大手町一丁目)
緯度 34.39492 経度 132.45468
名称情報名称 広島県産業奨励館(現在の原爆ドーム)
かな ひろしまけんさんぎょうしょうれいかん(げんざいのげんばくどーむ)
英文
掲載媒体情報1掲載媒体 原子爆弾 広島・長崎の写真と記録,仁科記念財団編纂,1973年,光風書店(No.23)
タイトル・
キャプション
清病院から産業奨励館 手前石柱のところから、コンクリート塀いっぱいが清病院。正面の産業奨励館との間に西連寺の墓地があった。ここにも伝言板が見られるように、市内各所に、被災報告やたずね人の伝言板があった。(※西蓮寺の墓地も存在したが、この写真で見えているのは西向寺の墓地と思われる)
かな せいびょういんからさんぎょうしょうれういかん てまえせきちゅうのところから、こんくりーとべいいっぱいがせいびょういん。しょうめんのさんぎょうしょうれいかんとのあいだにさいれんじのぼちがあった。ここにもでんごんばんがみられるように、しないかくしょに、ひさいほうこくやたずねびとのでんごんばんがあった。
英文
掲載媒体情報2掲載媒体 原爆の記録ヒロシマ 米国返還資料から,中国新聞社,1973年,中国新聞社(p.76)
タイトル・
キャプション
原爆ドームを望む 真上からの爆風で木は枝をはらわれ、家屋も押さえつけられたような形で崩れた。
かな げんばくどーむをのぞむ まうえからばくふうできはえだをはらわれ、かおくもおさえつけられたようなかたちでくずれた。
英文
掲載媒体情報3掲載媒体 広島・長崎 : 原子爆弾の記録,子どもたちに世界に!被爆の記録を贈る会,1978年,(p.147)
タイトル・
キャプション
島病院の斜め前の清病院も瞬時にガレキになった。西連寺(※2025年の検証では西向寺と思われる)の墓石群(爆心直下なので倒れていない)を経て産業奨励館を見る=細工町<大手町一丁目>10月上旬。
かな しまびょういんのななめまえのせいびょういんもしゅんじにがれきになった。
英文
カテゴリ 風景-空
風景-焼跡
風景-街角・都市
建造物-工場・産業施設
動植物・自然-樹木
原板種別 撮影原板
白黒
ネガ
原板サイズ 35mm判
解説 広島県産業奨励館(現在の原爆ドーム)を東南東から北北西に向かって。広島県産業奨励館の手前、左から清病院の壁、西向寺の墓地が見える。画面手前石柱にくくりつけられているのは、消息を尋ねる伝言板。
林重男(当時27歳)は、原子爆弾災害調査研究特別委員会が編成する調査団に物理班のスチールカメラマンとして参加。残留放射線の脅威がささやかれる中、10月1日から10日まで、広島で撮影を行った。
被写体画像キーワード・記述
コマ番号 00089-00010-0002
所蔵 広島平和記念資料館 (https://hpmmuseum.jp/)
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